研究プロジェクト
研究の背景
線状染色体の末端は、テロメアというDNA-タンパク質の複合体によって、DNA損傷として認識されないように保護されています。テロメアは、反復的な DNA 配列 (すべての脊椎動物で TTAGGG) と、テロメア DNA に直接結合するShelterinと呼ばれるタンパク質複合体で構成されています(図1)。テロメア DNA の末端には突出した 3' オーバーハングがあり、これがループして二重鎖反復配列に潜り込んで保護構造 (T ループ) を形成することが,電子顕微鏡や超高解像度顕微鏡などで確かめられています (図 1)。
ヒト細胞の場合,テロメア DNA 配列は体細胞分裂サイクル中に徐々に短くなり,最終的にはテロメア末端が保護機能を果たさなくなる臨界長に達します。これによって DNA 損傷応答 (DDR) メカニズムが活性化され、複製老化と呼ばれる不可逆的な細胞周期停止につながります。DDR経路の遺伝子に変異がある場合、細胞は老化を回避し、細胞分裂を続けることができます。しかし,テロメアはさらに短くなり,テロメア クライシスと呼ばれる最終段階に入ります.テロメアクライシスでは、染色体不安定性が蓄積し,ほとんどの細胞は死んでしまいます。しかし,一部の生き延びた細胞は,腫瘍化してしまうと考えられています (図 2)。
図 2 細胞の老化と腫瘍形成におけるテロメアの関与
ある一つの細胞内の個々のテロメアの長さ (46本の染色体上に92のテロメアがあります!) は同じではありません (緑の円)。若い健康な体細胞では、テロメアはTループと呼ばれるループの形をとっており、染色体の末端がDNA損傷として認識されないように保護しています(Closed-state: 保護状態)。テロメアを伸長する酵素であるテロメラーゼの触媒サブユニットの発現は,ヒト体細胞では抑制されています.よって末端複製問題により、テロメアはDNA複製と共にどんどん短くなり、一部のテロメアは「Intermediate-state: 半保護状態」のしきい値 (オレンジ色の円) に達します。半保護状態のテロメアは、残存するテロメアリピートと TRF2 によって,他の染色体末端との融合から保護されている一方で、DNA 損傷として認識されます。この半保護状態により、テロメア末端からの持続的な DDR シグナル伝達が可能になり、「複製老化」と呼ばれる不可逆的な細胞周期停止につながります。細胞が DDR 経路に突然変異を持っている場合、半保護状態のテロメアは細胞周期を止めることができません。このような細胞は分裂を続け、染色体の末端では,テロメア DNA と TRF2 が完全に失われます.このような染色体末端は「Open-state: 脱保護状態」になり、別の DNA 二本鎖末端と融合してしまうようになります。このような染色体融合は、有糸分裂期に染色体の架橋形成を引き起こします.これが染色体異常の引き金となり、ほとんどの細胞がこのテロメアクライシス段階で死滅します。一方、テロメラーゼ触媒サブユニットの発現を可能にする突然変異を細胞が獲得した場合、そのような細胞は集団内で成長し、腫瘍になってしまう可能性があります。
染色体融合は、テロメアクライシスの間の細胞死と染色体不安定性の両方の根本的な原因であると提案されていますが、詳細なメカニズムは未だに明らかではありません。私たちの現在のプロジェクトの目標の一つは、染色体融合がテロメアクライシスの間に多様な細胞運命をどのようにもたらすかを理解することです。右の図は,林PIがソーク研究所,Karlseder研究室に留学中に新たに提唱した,テロメアクライシス期の染色体融合の運命モデルです(図3)。染色体の融合は,まだ良く分かっていないメカニズムによってスピンドルチェックポイントを活性化し,有糸分裂期停止を引き起こします.有糸分裂期停止はさらに,テロメアを半保護状態にしてDDRを活性化します(Mitotic telomere deprotection: M期テロメア脱保護).M期テロメア脱保護によって,細胞死が引き起こされます.
プロジェクト1 特定の染色体融合の運命解析
染色体融合と言っても,実は複数の種類が存在します.例えば,2本の異なる染色体末端が融合する場合や,同じ染色体の両末端が融合する場合(環状染色体になります),さらには,複製の終わった姉妹染色分体の末端どうしが融合する姉妹染色分体融合などです.それぞれの染色体融合は,異なる運命を細胞にもたらす可能性がありますが,これらの染色体融合を個別に細胞に作らせることや,ある特定の染色体融合を持った細胞を集団内で見分けることは困難でした.
私たちは最近、X染色体短腕の姉妹染色分体融合を持った細胞を可視化できるFusion Visualizationシステム(FuVis-XpSIS)と呼ばれる新しい細胞システムを開発しました。 FuVis-XpSISは、Xpサブテロメアに挿入された人工DNAカセットに依存しています。この人工DNAは、CRISPR / Cas9による二本鎖切断によって、単一の姉妹染色分体融合を生成すると同時に、蛍光タンパク質を発現するように設計されています(図4)。この新しい手法により、特定の単一姉妹染色分体融合の運命を1細胞レベルで詳細に解析することが可能になりました.例えば,他の細胞内イベントを可視化するレポーターと組み合わせることで,単一の姉妹染色分体が引き起こす様々な細胞内イベントを時系列を追って解析することなどができます.我々はさらに,他の種類の染色体融合を可視化するシステムの開発も進めています.
図4 FuVis-XpSISシステムの概要
人工的なSister cassette内で、YFP 遺伝子は 2 つのエクソンに分かれています。エクソン 1 はプロモーターによって駆動される一方、エクソン 2 はプロモーターの反対方向の上流に位置しています。エクソン 1 は、スプライシングドナー (SD) とアクセプター (SA) 間のスプライシングによって p2a-ネオマイシン耐性遺伝子に接続されています。p2aは自己切断ペプチド配列で,翻訳中にその前後の配列が分離します.このSister cassetteを、相同組換えによってX 染色体の短腕のサブテロメア領域に挿入しました.この細胞は、YFP を発現することなくネオマイシン耐性になります。この細胞をFuVis-XpSISと呼びます.
さて,FuVis-XpSISに「Cas9 ターゲット」領域を標的とするCRISPR/Cas9を導入し,この部位が切断されると、ほとんどの場合、損傷は元の Cas9 ターゲットシーケンスを変異させるインデルで修復されます。しかし、まれに2つの姉妹染色分体が誤って修復されて融合し、姉妹染色分体が融合することがあります。この姉妹染色分体融合は,YFPのエクソン1とエクソン2を1直線に繋げるため、スプライシングを介して YFP全長 の発現が可能になります。
プロジェクト2 M期テロメア脱保護の分子機構解析
図 3 に示すように、M期テロメア脱保護は、テロメアクライシスにおける重要な細胞死経路であり、腫瘍形成促進効果と抗腫瘍効果の両方を持つ可能性があります。私たちは、有糸分裂の停止中にテロメアの脱保護を誘導する分子メカニズムに注目し、分子細胞生物学的な解析を進めています.もしM期テロメア脱保護を人為的に操作することができるようになれば,癌細胞になる直前の細胞を効率的に排除するといったことが可能になるかもしれません.
研究室では,この他にもプロジェクトが進行中です.最新のプロジェクト概要について興味のある方は,研究室にご連絡ください.
研究対象
Telomere
Tumorigenesis
Chromosome
Cell Cycle
Genome Editing